1. はじめに

 トランザクションの同時実行制御は障害時回復とならんでトランザクション管理には欠かせない機能であることは言うまでもないことです.そのために 2 相ロッキング(two phase locking, 2PL)プロトコルが考案され,伝統的に 2PL が多くのデータベース管理システム(DBMS)で実装されてきました.しかし,2PLでは同時実行されているトランザクションの直列化可能性を保証するために,トランザクションは読取りや更新の対象となるオブジェクトをロック(lock,施錠)することが必要で,それによる同時実行性(concurrency)の制約は古くから認識されるところでした.
多版同時実行制御(multiversion concurrency control, MVCC)は 2PL とは異なり,競合しているトランザクションの実行終了を待つのではなく,同じデータ項目の異なる(version)を用意することによって,トランザクションの隔離性を向上させ,同時実行性を高めようとするアプローチです.データ項目の版という概念の導入は 1978 年に遡りますが[1],その考え方はデータベース分野に直ちに入り込み,1980 年代初頭には MVCC の理論の礎が築かれました[2].MVCC と一口に言ってもその実現法は MVTO(multiversion timestamp ordering),MV2PL,MVMM,MVOCC,SI(snapshot isolation,スナップショット隔離性),SSI(serializable snapshot isolation,直列化可能スナップショット隔離性)など多様です.現在 MVCC はこのようなさまざまな実現法を包括した用語として用いられると同時に,狭義には MVCC の原点である MVTO を指す言葉としても用いられます.現在,多くのプロプラィエタリ(proprietary)あるいは OSS のリレーショナル DBMS で MVCC が実装されています.
 2PL と MVCC ではトランザクションの同時持実行制御の考え方が根本的に異なるので,2PL を念頭に制定された国際標準リレーショナルデータベース言語 SQL が定めた隔離性水準(isolation level)と MVCC の提供する隔離性水準との間には齟齬そごが出ます.現在 PostgreSQL や Oracle で実装されている SI は ANSI SQL の隔離性水準を論評する過程で考案され,1995 年に公表されました[5].
 本稿では,MVTO と SI を中心において,MVCCと は何かを改めて議論しておきたいと考えます.

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