2026年10月8日から9日にかけて、ラトビア共和国の首都リガにて開催された Zabbix Summit 2026 に参加いたしました。
本記事では、2日間開催されるイベントの、1日目の様子をレポートいたします。
はじめに
Zabbix Summit は、オープンソースの統合監視ソリューションである Zabbix に関する最新情報や活用事例、技術的な知見が共有されるイベントです。世界各国の Zabbix ユーザーやエンジニア、パートナー企業、開発者などが集まり、Zabbix の最新機能や今後の開発の方向性、実際の運用現場での取り組みについて理解を深める機会となっています。
今回開催された Zabbix Summit 2026 では、Zabbix の最新バージョンに関する情報をはじめ、監視運用の効率化や自動化、生成 AI との連携、オブザーバビリティなど、今後の監視基盤を考えるうえで興味深いテーマが取り上げられました。
本レポートでは、Zabbix Summit 2026 で発表されたセッションの中から、特に注目した内容をピックアップし、技術的なポイントや実際の Zabbix 環境への活用という観点から紹介します。
Zabbix 8.0 が切り拓く Observability の新時代 ― Alexei Vladishev 氏による基調講演
Zabbix Summit 2026 で、Zabbix の創設者である Alexei Vladishev 氏が「Zabbix 8.0: Redefining Observability」と題した講演が行われました。
講演では、Zabbix 8.0 の主要な新機能と性能改善に加え、AI、クラウド、モバイル、Marketplace を含む今後の戦略が紹介されました。
特に印象的だったのは、従来の監視ツールから、システム全体の状況と問題の背景を理解する Observability プラットフォームへ進化させようとする方向性です。

■ オープンソースと統合監視という Zabbix の強み
Alexei 氏は、Zabbix の大きな特徴として、オープンソースであること、さまざまな環境に柔軟に対応できること、監視に必要な機能を統合的に提供することを挙げました。
Zabbix は、OS やネットワーク機器の監視を中心に発展してきましたが、現在ではコンテナ、クラウド、アプリケーション、オンプレミスとクラウドが混在するハイブリッド環境まで対象を広げています。
異なるベンダーの製品を組み合わせて監視基盤を構築する方法もありますが、できるだけ多くの機能を一つの基盤で利用できることは、構成や運用の複雑さを抑えるうえで重要です。
ライセンス料金を課さない方針に加え、公開ドキュメント、公式トレーニング、各種サービスによって利用者を支援する姿勢も強調されました。
セキュリティについては、認証や製品開発・提供プロセスへの対策の組み込みに触れ、機能の豊富さだけでなく信頼性も重視していることが示されました。
■ OpenTelemetry とトレースによる可観測性の拡張
Zabbix 8.0 の重要なテーマの一つが、OpenTelemetry などを通じた新しい種類のデータの取り扱いです。
従来のインフラ監視では、CPU 使用率、メモリ、ディスク、ネットワークの状態といったメトリクスが中心でした。
しかし、複数のサービスが連携するアプリケーションでは、ある処理がどこを通り、どの部分で遅延や障害が発生したかを把握する必要があります。
そこで重要になるのが、リクエストや処理の経路を追跡するトレースデータです。
講演では、こうした情報を Zabbix で収集、保存、可視化する取り組みが説明され、AWS X-Ray にも言及されました。
メトリクス、ログ、トレースを関連付けて扱うことができれば、単に異常を検知するだけでなく、問題がインフラにあるのか、アプリケーションにあるのかを調べる手掛かりが増えます。
Zabbix をインフラ監視だけでなく、アプリケーションの動作を理解するための基盤へ広げる重要な変化と言えます。
■ MCP Server で AI と監視データを接続
もう一つの大きな進化として紹介されたのが、MCP Server への対応です。
MCP Server は Zabbix と AI の間に入る仲介役として機能し、AI から監視情報を参照・活用するための接点になります。
講演では、「今、最も重要な問題は何か」「どのホストに注目すべきか」といった問いを自然言語で投げかける利用方法が例示されました。
これまで監視担当者は、画面を切り替え、条件を指定し、複数の情報を読み解いて状況を把握する必要がありました。
AI との連携が進めば、必要な情報を対話形式で取り出し、調査の出発点を素早く見つけることが期待されます。
Alexei 氏は、特定の AI モデルに固定するのではなく、利用者が適切な AI の仕組みを選べる柔軟性も重視していました。
ただし、AI がすべての判断を自動化するという説明ではなく、監視データをより使いやすくするための新しいインターフェースとして理解することが重要です。
■ 複合イベント処理によってアラートの意味を整理
Complex Event Processing と呼ばれる複合イベント処理も、講演で強調された機能です。
大規模環境では、単一の障害が原因で多数のトリガーや問題イベントが短時間に発生することがあります。
すべてのイベントを個別に確認する運用では、本当に対処すべき問題が大量の通知に埋もれてしまいます。
新しい処理の仕組みでは、イベントの流れやパターンを扱い、関連する事象を整理して重要な情報を浮かび上がらせることを目指しています。
講演では、毎分 100 件を超えるイベントが発生する状況にも触れ、単純なイベント単位のルールを超えた複雑な処理や、プログラムによるパターンマッチングの拡張について説明されました。
監視の価値を、アラートを数多く出すことから、運用担当者が優先順位を判断しやすくすることへ変えていく機能です。
■ 毎秒数百万メトリクスを見据えた性能向上
性能面では、大量の監視データを継続的に処理する環境を想定した改善が紹介されました。
Alexei 氏は、毎秒数百万件規模のメトリクスを扱う事例を挙げ、ボトルネックの解消やストレージ処理の最適化について説明しました。
新しいストレージエンジンへの対応や、高度な圧縮技術によって、データを効率的に保持・処理する方向性が示されています。
CPU やメモリの効率についても改善が語られ、処理によっては大幅な高速化が得られることが強調されました。
ただし、講演中に示された性能値は特定の条件に基づくものと考えられるため、あらゆる環境で同じ改善率が得られると断定することはできません。
大規模な監視基盤ほど、こうした処理効率の向上はインフラコストや拡張性に直結します。
■ 使いやすさを高める UI とビューのカスタマイズ
UI の改善も、日常の運用に直接関わる重要なテーマです。
講演では、画面の一貫性やアクセシビリティの改善に加え、利用者が必要な情報を柔軟に表示するためのカスタマイズ機能が紹介されました。
表示する列の追加や並べ替え、タグやホストのインベントリ情報を利用した列の構成などにより、用途に応じた一覧画面を作成できるようになります。
例えば、データセンター名や機器に関する情報を列として表示すれば、問題の発生場所や対象機器を一覧から把握しやすくなります。
また、データのフィルタ条件と表示方法を保存し、異なる目的に応じて複数のビューを使い分ける考え方も説明されました。
監視データの量が増えるほど、情報の見せ方を利用者自身が調整できることの価値は高まります。
■ Zabbix Cloud と Mobile App による運用の変化
Zabbix Cloud については、監視基盤そのものの保守負担を減らすサービスとして紹介されました。
利用者がセキュリティパッチ、バックアップ、基盤のメンテナンスを細かく管理する必要を減らし、本来の監視業務に集中できることが狙いです。
クラウドから各拠点のインフラを監視する構成や、Zabbix のバージョン対応についても言及がありました。
一方、Mobile App では、重要な問題をプッシュ通知で素早く把握することと、外出先から問題の状態を確認することが主要な利用場面として示されました。
ユーザープロファイルとモバイル端末を関連付ける仕組みにも触れ、日常的な監視業務をデスクトップの外へ広げようとする姿勢がうかがえます。
Cloud と Mobile App は、監視の対象だけでなく、監視サービスの提供方法や利用する場所を変える取り組みです。
■ Marketplace が広げる拡張機能のエコシステム
Marketplace については、Zabbix 向けの追加機能やソリューションを見つけ、共有・入手するための場所として紹介されました。
例えば、新しいレポートや追加モジュールが必要な場合に、コミュニティやベンダーが提供する成果物を利用できるようにする構想です。
無料のものだけでなく、商用の拡張機能も想定されており、開発者が作成した機能を多くの Zabbix ユーザーへ届ける場として期待されています。
個別に作られていた便利な機能が広く流通すれば、利用者は開発の手間を減らせる一方、パートナーや開発者には新たな提供機会が生まれます。
講演では Marketplace に関する別セッションも案内され、利用者からの期待や意見を集めたいという呼びかけがありました。
■ 今後の展望 ― AI を製品と開発プロセスの両方へ
講演の最後には、Zabbix の長期的な方向性として AI のさらなる活用が語られました。
MCP Server による外部 AI との接続に加え、将来的にはテンプレート作成など、Zabbix の機能そのものに AI を組み込む方向性が示されました。
例えば、監視したいデバイスの情報を伝えることで、設定作業を支援するような使い方が考えられます。
また、AI の活用対象は製品機能に限らず、コードの作成やテスト、QA といった開発・品質保証の領域にも広がっています。
これらはすべてが Zabbix 8.0 で完成しているという意味ではなく、今後の開発に向けた戦略的な展望として説明された内容です。
Root Cause Analysis with Complex Event Processing ― CEP による根本原因分析
Kaspars Mednis 氏の講演「Root Cause Analysis with Complex Event Processing」では、Zabbix のイベント相関機能を活用し、大量の障害通知から根本原因を特定するための考え方が紹介されました。
複合イベント処理( CEP:Complex Event Processing )を利用した根本原因分析の目的は、単にアラート数を減らすことではなく、原因となる問題と派生的な症状を区別することです。
時間ウィンドウ、キャパシティ、グループ化、相関ルールを適切に設計すれば、複雑な依存関係の保守負担を減らし、障害対応時に注目すべき情報を絞り込めます。
一方で、設定によってイベントの扱いが変わるため、実際の監視環境に合わせて動作を検証することが重要です。

■ 従来のトリガー依存関係の課題
ひとつの障害が複数のサービスに影響すると、根本原因とは別に多数の関連アラートが発生します。
従来はトリガー間の依存関係を定義して対処できましたが、構成が複雑になるほど設定や保守が難しくなります。
講演では、既存の依存関係が機能することを認めながら、イベントの発生状況に応じて柔軟に関連付ける方法が説明されました。
■ 複合イベント処理( CEP )によるイベント相関
複合イベント処理( CEP )では、まずフィルターで対象イベントを選び、相関ルールを設定します。
ホストグループやタグなどの属性を条件にでき、関連するイベントを同じ処理の対象として扱えます。
相関ルールでは、どのイベントを照合し、一致した場合にどのような操作を行うかを定義します。
この方法により、すべての依存関係を手動で列挙することなく、一定の条件に基づいて問題同士を関連付けられます。
■ 時間ウィンドウとキャパシティ
中心となる概念が、イベントを一定期間保持して照合する時間ウィンドウです。
例えば 10 分間のウィンドウを設定すると、その期間に入ったイベントを条件に従って評価できます。
イベントがいつウィンドウに入り、いつ対象から外れるかによって相関結果が変わるため、継続時間の設定が重要です。
また、ウィンドウに保持するイベント数を制限するキャパシティも設定できます。
講演では、解決済みの問題であってもウィンドウ内に残る間はキャパシティを消費する場合があることが強調されました。
単にアラートが解決したかどうかだけでなく、ウィンドウ内の状態を理解する必要があります。
■ イベントのグループ化
タグなどを利用してイベントをグループ化すると、同じルールを複数の対象に適用しながら、ウィンドウをグループごとに分離できます。
例えばストレージごとにグループを分ければ、異なるストレージの障害を誤って関連付けずに済みます。
複数の一致条件を組み合わせることもでき、イベントの属性や発生順序に応じた処理を構成できます。
なお、相関ルールで処理対象から外すことと、元のアラートそのものを削除することは同じではありません。
■ ポートフラッピングへの適用
具体例として、ネットワークポートがダウンとアップを短時間に繰り返すポートフラッピングが紹介されました。
こうした変化をすべて独立した障害として通知すると、重要な問題が大量のアラートに埋もれてしまいます。
同じポートのイベントを時間ウィンドウで関連付ければ、繰り返し発生する変化をまとめて扱い、不要な通知を抑制できます。
■ 障害の連鎖とログイン失敗
バックアップ失敗など、ひとつの障害が後続の問題を引き起こすケースも取り上げられました。
イベントを関連付け、条件を満たした際に複数の問題をまとめて解決扱いにするなどの処理が考えられます。
また、ログイン失敗が繰り返されるケースでは、ウィンドウ内のイベント数を評価し、代表的なアラートを残して後続通知を抑制する方法が説明されました。
■ 独自ロジックによる拡張
講演では、ウィンドウ内のイベントを数える関数などを使い、条件判定の結果として true または false を返す処理にも言及がありました。
イベントのタグや数値属性を変更したり、複製や破棄などの操作を組み合わせたりすることで、用途に応じた相関ロジックを作成できます。
Zabbix の新たな APM の可能性 ― OpenTelemetry を活用した監視の進化
Zabbix の製品責任者である Martiņš Orinskis 氏は、「Unlocking New APM Power」と題した講演で、OpenTelemetry を活用したアプリケーション監視の新たな可能性を紹介しました。
クラウドネイティブ技術や分散アーキテクチャの普及により、アプリケーションの健全性を把握することは従来以上に難しくなっています。
単純な死活監視や個別の性能指標だけでなく、複数のサービスを横断して状況を理解し、問題の原因を迅速に特定する仕組みが求められています。

■ OpenTelemetry による多様なデータの活用
OpenTelemetry は、メトリクス、ログ、トレースなどのテレメトリデータを共通の仕組みで収集・転送するための技術です。
講演では、OpenTelemetry Protocol を通じて得られるデータには豊富な属性や情報が含まれる一方、そのままでは量が多く、監視に利用しにくい場合があると説明されました。
そこで重要になるのが、データを集約・計算・変換し、運用担当者にとって意味のあるメトリクスに整理することです。
例えば、特定の業務処理に対するリクエスト数や、サービス単位の応答時間などを抽出すれば、アプリケーションの状態を把握しやすくなります。
■ Zabbix Proxy を活用した収集と集約
今回の説明では、Zabbix Proxy を中心に OpenTelemetry のデータを扱う構成が紹介されました。
テレメトリデータを収集する処理と、そこから必要な値を取り出して Zabbix で監視する処理を分けることで、大量の生データをそのまま監視基盤に保存する必要を減らせます。
プロキシ側で集約やクエリを実行し、結果を Zabbix のアイテムとして扱うことで、既存の監視やアラート機能との連携が可能になります。
講演では、テレメトリストレージに対して SQL に似たクエリを実行し、その結果を JSON 形式で受け取り、Zabbix のストレージに保存する流れも説明されました。
これにより、詳細なデータの保管と、日常の監視に必要な指標の管理を役割分担できる構成が示されました。
■ 柔軟な設定と動的な情報の取得
OpenTelemetry を利用するための接続設定については、設定ファイルを使う方法に加え、ユーザーインターフェースから接続を定義する方法も紹介されました。
収集対象やリソース属性、ホストに関連する設定を組み合わせることで、環境に応じた監視を構成できます。
また、データに含まれるサービス名などの属性を利用し、動的に情報を識別することも重要なポイントです。
JSON 形式のデータから必要なフィールドを取り出す機能や、複数の値をまとめて取得する方法についても説明がありました。
こうした仕組みは、サービスや監視対象が頻繁に変化する環境で特に役立つと考えられます。
■ 集約間隔とアラートの設計
講演では、データの集約間隔とアイテムの実行間隔を適切に設定する必要性にも触れられました。
例えば、10 秒ごとにクエリを実行する場合、どの時間範囲のデータを集約するかによって、監視結果に欠落や重複が生じる可能性があります。
短時間のサンプリングで動作を確認しながら、用途に合った集約方法を選ぶことが重要です。
さらに、JSONPath を使ったフィールドの抽出や、取得したデータに基づくトリガーの設定によって、特定の状態を検出してアラートにつなげる考え方が示されました。
一方、JSON データに対する一部の高度な関数や相関処理については、今後の対応が期待される機能として言及されました。
■ APM と従来の監視をつなぐ
今回の講演で印象的だったのは、OpenTelemetry を独立した監視の仕組みとして扱うのではなく、Zabbix が持つ既存の監視機能と組み合わせようとしている点です。
データセンター全体の状態から、個々のサービスや特定のエンドポイントの応答時間まで、対象に応じて監視の粒度を変えることができます。
ログ、トレース、メトリクスを組み合わせて分析することで、単に異常を検知するだけでなく、その背景にある原因を調べるための手掛かりも得られます。
OpenTelemetry から得られる膨大な情報を、実際の運用に役立つ指標へ変換することが、今後の APM における重要なテーマだと感じました。
Zabbix の新しい取り組みは、従来のインフラ監視とアプリケーションの可観測性をつなぎ、より幅広いユースケースへの対応を目指すものといえます。
おわりに
今回の講演からは、Zabbix 8.0 が単なる機能追加版ではなく、監視基盤の役割を広げる重要な節目として位置付けられていることが伝わってきました。
OpenTelemetry やトレースによるデータの拡張、MCP Server を通じた AI 連携、複合イベント処理による情報の整理、大規模環境を支える性能改善は、いずれも現代の複雑なシステム運用に直結するテーマです。
さらに、UI の柔軟性、Cloud、Mobile App、Marketplace の取り組みは、Zabbix を利用する人や提供する企業の裾野を広げるものです。
オープンソースと柔軟性という従来の強みを維持しながら、収集したデータから問題の意味を理解し、迅速な判断につなげる Observability プラットフォームへ進化していくことが、今回の講演の中心的なメッセージだったと感じました。

