Zabbix Summit 2023 参加レポート

2023年10月8日から9日にかけて、ラトビア共和国の首都リガにて開催されたZabbix Summit 2023 に参加いたしました。本記事ではその様子をレポートいたします。

はじめに

Zabbix Summit はZabbix LLC が主催する世界最大の Zabbix イベントです。今年 2023年も例年通り Zabbix LLC があるラトビア共和国の首都リガにて10月8日と9日の2日間にかけて開催されました。Zabbix Summit は毎年世界各国から大勢の Zabbix ユーザが集まります。今年も SRA OSS はシルバースポンサとしてイベントを支援させていただいており、2019年以来4年ぶりに現地で参加させていただきました。

リガはバルト三国でも最も大きい都市で、別名「バルト海の真珠」とも呼ばれる非常に美しい港町です。リガの旧市街地はアールヌーボ調の建築物が数多く残されており、世界遺産にも登録されています。Zabbix Summit 2023 はそんなリガの新市街にあるRadisson Blu Hotel Latvija で開催されました。

本記事では Zabbix Summit 2023 での講演からいくつかをピックアップしてレポートいたします。

Zabbix の現状とこれから

イベントは Zabbix LLC の CEO であり設立者でもある Alexei Vladishev 氏による、「Zabbix: current state and future」と題した基調講演で始まりました。講演はタイトル通り、Zabbix の現状とリリースを間近に控えた Zabbix 7.0、そしてその後の 8.0 までの展望を説明する内容でした。

Vladishev 氏曰く、Zabbix の現状として「オープンソースであり続けること」、「持続可能性を考慮した長期的な視野」、「オールインワンの監視プラットフォーム」を戦略の基軸として、いまや世界中に 250 以上のパートナを持てるまでに成長することができたこと。近年ではエンタープライズ向けの監視ソリューションとして、品質とセキュリティを最優先事項として開発を続けてきたことを語りました。

そしてこれからの Zabbix 7.0 以降の発展の方向性として、以下の 4 つのキーワードを展開しました。

  • Single pane of glass
  • Reducing operating costs
  • Complex event processing
  • Extremely adoptable

「Single pane of glass」が表すのは監視の統合的な可視性と透明性。これに向けて新しいウィジェットやレポート機能、そしてより複雑なシナリオや複数のステップからなる監視を Zabbix で実行できるような機能の実装を考えていることを話していました。

次の「Reducing operating costs」、これは Zabbix の性能だけでなく、ユーザの運用コストの軽減も見据えた機能です。これは例えばプロセスの非同期およびスレッド化、Web UI の高速化、Zabbix プロキシのインメモリデータベース機能やダウンタイムなしでのアップグレードなどです。

「Complex event processing」はイベント相関関係機能のさらなる発展、具体的にはイベントの自動分類や時間・トポロジを元にした相関エンジンの実装。そして最終的には「Extremely adoptable」、すなわち Zabbix がどのようなユースケースにも対応しうる監視ソリューションになることを目指しているということを熱く語りました。

来る Zabbix 7.0 では待望の Zabbix プロキシの HA 機能の実装、そしてその後も8.0 にかけて OpenTelemetry の監視やアプリケーション・パフォーマンス管理 (APM)、AI や機械学習を利用した監視機能なども実装されるとのことで、今後の Zabbix の発展が楽しみになる非常に興味深い講演でした。

Zabbix 7.0 での新機能

「Internal Changes and Improvements in Zabbix 7.0」では Zabbix のチーフトレーナ、Kaspars Mednis 氏から Zabbix 7.0 で実装される新機能の一部、特に内部的な変更点や改善点についての講演が行われました。

まず説明されたのは、データ収集における性能改善についてです。これはいくつかのプロセスの処理・機能が変更されたことによるものであり、それが保存前処理のスレッド化とデータ収集プロセスの非同期化です。特にデータ収集プロセスについては、Zabbix エージェント監視、SNMP 監視、HTTP エージェント監視を担当するプロセスがそれぞれ分離され、かつ非同期にデータ収集を実施できるようになった結果、大幅に効率的かつ省リソースでの監視を実現できるとのことでした。

またそれ以外にも、Zabbix プロキシのインメモリデータベース機能、アイテムレベルでのタイムアウト設定、ディスカバリの並列実行などの Zabbix 7.0 での改善点の解説がありました。

様々な領域で活用される Zabbix

今回の Zabbix Summit でも様々な国の様々な環境・領域での Zabbix 活用の事例紹介が数多くありました。

例えば「Zabbix Behind the Scenes: How Zabbix simplified digital transformation for Brazil’s largest media group」では、ブラジル最大のメディア企業におけるコンテンツ配信ネットワーク (CDN) や生中継機器の監視におけるユースケース。「Case study – Zabbix in financial institutions」では UAE の金融機関における監視アーキテクチャとカスタム Web モジュールについて。「Monitoring the London Underground」ではイギリスはロンドンの地下鉄におけるネットワーク監視。「Zabbix and HPC」ではイスラエルの研究機関における高性能コンピュータの Zabbix での監視など、世界各国の幅広い領域で Zabbix が利用されていることが感じられました。

その中でも、日本のトヨタ自動車、阿部 博氏による「Monitoring Green Power and Distributed Edge Computing Infrastructure with Zabbix」の講演について、詳しく紹介したいと思います。

この講演では、トヨタ自動車が取り組んでいるグリーンエネルギとエッジ基盤の分散監視に Zabbix をいかに活用しているかを詳細に説明されました。近年、自動車業界でも IoT 化がすすめられ、自動車から得られる様々なデータとその重要性の増加およびその活用の観点から、自社でのデータセンタ投資が積極的に行われています。そして今後益々増えていくデータ量とデジタル需要の半面、企業としてはエネルギ消費の効率化やカーボンニュートラルに向けた、グリーンなデータセンタの構築が急務でもあります。

トヨタ自動車でもグリーンなデータセンタの施策を進めていますが、各地に点在するデータセンタ (エッジ基盤) を制御し、使用エネルギの効率化を図るためには全体を統合して監視していく必要があります。そこで採用されたのが Zabbix による分散監視のシステムです。各地のデータセンタに Zabbix プロキシを配置し、監視全体の負荷分散および遠隔地の集中監視を実現しています。また、Kafkaを用いてデータセンタ間のデータ同期を図る際にも、各地の処理負荷の監視結果に基づいて効率的に Producer と Consumer の数の増減を実施することが可能となったともしています。

最後に今後のさらなるグリーンなデータセンタの実現に向けて、世界規模の分散監視の実現や太陽光発電の発電量監視に基づいた電力需要の決定など、Zabbix を活用したさらなるグリーンエネルギの活用への展望を述べて、講演の締めくくりとしました。

TimescaleDB の性能とダウンタイムなしでの移行方法

講演のレポートの最後として、Kim Anthonisen 氏による TimescaleDB に関する講演「Implementing TimescaleDB on large Zabbix without downtime」について紹介します。

この講演では Zabbix DB を PostgreSQL から TimescaleDB へダウンタイムなしに移行する方法について解説していました。移行方法の概要としては以下のようになります。

  1. 新規に TimescaleDB で Zabbix DB を作成する
  2. PostgreSQL 側の history テーブルに値が追加されたら同じ値を TimescaleDB 側の history テーブルに追加するトリガーを作成する
  3. 既存データを PostgreSQL から TimescaleDB にロードする
  4. 全てのデータが TimescaleDB にロード完了次第データベースを切り替える

こうすることによって、ダウンタイムなしでの TimescaleDB への移行を実現するという方法です。

また、この講演では TimescaleDB の性能についても言及がありました。一部のテーブルへの housekeeper 処理の必要がなくなることによる Zabbix および DB への負荷軽減に加えて、TimescaleDB の圧縮機能により DB サイズが約 80% 削減できたこと、さらに I/O が約 1/3 ほどに軽減できたことも報告しています。

TimescaleDB については弊社でもその特徴や性能について調査および発表を行っていますが、Zabbix DB として多くの利点があり、特に大規模環境で利用すると負荷軽減などの点で大きなメリットがあると感じました。

Zabbix 本社訪問

Zabbix Summit 終了後の 10/9 に Zabbix 本社に訪問し、CEO の Alexei Vladishev 氏とのミーティングの機会をいただけました。ミーティングでは今後の Zabbix の方向性や、弊社からの質問、要望など様々な議題についてお話をさせていただき、非常に有益な時間となりました。

おわりに

今回も Zabbix Summit 2023 では Zabbix を愛する多くの方々の講演を聞き、さらに世界各国の Zabbix ユーザの方々と交流を持つことができました。このレポートで紹介しきれなかった講演も多々ありますが、Zabbix 社のサイトで講演資料と講演の動画が公開されていますので、ご興味があればぜひ見ていただきたいと思います。

Zabbix Summit は来年も今年と同じラトビア共和国のリガにて開催される予定です。Zabbix に関する情報収集や交流の非常に有意義な場ですので、もし機会がありましたら参加することをお勧めいたします。